2016年9月1日

日本地震工学会会長/東京大学生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センター長 目黒公郎氏に聞く

【コストからバリューへ意識改革が重要/発災時の被害量を小さく】
 巨大地震の発生とこれによる甚大な被害が想定される中、社会の災害レジリエンスの向上はわが国の喫緊の課題である。巨大地震対策には「コストからバリューへの意識改革が必要」と語る目黒公郎日本地震工学会会長に、必要な取り組みを聞いた。
--首都直下地震、南海トラフ巨大地震の発生が懸念される中、わが国の置かれた状況は
 「政府の中央防災会議の報告によると、首都直下地震と南海トラフ巨大地震の経済被害は最悪の場合、首都直下地震が直接・間接合わせて約95兆円、同様に南海トラフ巨大地震では約220兆円、合わせると300兆円を優に超えると想定されている。わが国のGDP約500兆円と比較すると、それぞれが約20%、40%以上となり両者では60%を超える規模になる。建物被害は全壊・全焼合わせて首都直下地震は約61万棟、南海トラフ巨大地震は約238万棟、合わせて300万棟を超える。これは600万-900万世帯が住居を失うことを意味する。死者・行方不明者は最悪の場合、首都直下地震で約2万3000人、南海トラフ巨大地震では約32万人以上、合計では約35万人になる」
◆人口減少社会での地震対応は総力戦
 「一方、日本は現在、少子高齢化による急激な人口減少社会を迎え、税収に比べ支出がますます増大する。2025年には国の負債が国民や法人の預貯金額の合計を抜きさると言われる。この状況下の巨大地震災害対応は『貧乏になる中での総力戦』と言え、まずこの認識を持つことが重要だ」
--東日本大震災以降「防災から減災へ」と言われるが
 「わたしは『減災』という言葉には2つの理由から違和感を持つ。ひとつは防災に対する理解不足だ。一般に『減災は完全な被害抑止は難しいので事後対応を含め被害を最小化する取り組み』ととらえられているようだが、防災で最も重要な法律である『災害対策基本法』ではその第1章(総則)の第2条の2で『防災は災害を未然に防止し、災害が発生した場合における被害の拡大を防ぎ、及び災害の復旧を図ること』と定義され、抑止も災害対応も復旧も含まれる」
 「2つ目の理由は国民をミスリードする危険性だ。わが国が直面する巨大地震災害は事後対応だけでは復旧・復興が難しいことを考えると、事後対応にウエートを置く(少なくとも、置くように国民に感じさせてしまう)『減災』は国民をミスリードしかねない。現在のわが国における重要な対策は、脆弱な建物や施設の強化とともに、災害危険性の高い地域から低い地域への人口誘導など、発災までの時間を有効活用した事前のリスク軽減対策であり、これによって発災時の被害量を自分たちの体力で復旧・復興できるレベルに小さくすることだ」
--「防災から総合的災害管理へ」が意味するものは
 「本来の定義とは別に、漢字の意味から『防災』が誤解されやすいので、わたしは最近では総合的な防災対策を『総合的な災害管理(マネジメント)』と呼んでいる。これは3つの事前対策と4つの事後対策から構成される」
◆3つの事前対策4つの事後対策
 「事前対策の1つ目は『被害抑止』で、耐震補強や防波堤のかさ上げなどの構造物の性能向上と危険な場所を避けて住む土地利用政策から成る。2つ目は『被害軽減』。事前の備えで、被災エリアを狭めたり被害の波及速度を遅らせる努力で、具体的には事前の防災組織や復旧・復興計画の策定、防災マニュアルの整備や防災訓練などだ。3つ目が『災害の予知/予見と早期警報』である」
 「事後対策の最初は『被害評価』であり、被害の内容や程度、分布をできるだけ速く高い精度で把握すること。次が被害評価結果に基づいた『緊急災害対応』で、この目的は2次災害の防止と人命救助だ。そして『復旧』『復興』と続く。『復旧』は災害前の状態まで戻すこと。『復興』は大規模災害を地域社会が抱える課題を解決するチャンスととらえ、発災前よりも良い地域環境を実現するものだ。これらの7つの対策にはそれぞれ自助・共助・公助の担い手がおり対策ごとにハードとソフトの組み合わせが必要だ」
--「貧乏になる中での総力戦」を戦う上でポイントは
 「災害危険性の高い地域から低い地域への人口誘導と防災対策に対する『コストからバリューへ』の意識改革だ」
 「人口誘導はお金を掛けないで将来の被害を減らす対策として有効だ。人口増加時代、宅地造成による住宅地の拡大は、地震動の増幅や地盤災害の発生しやすい地域、また洪水や津波の危険地域に住む人を増やした。このままの状態で将来の被害を減らすには大きなコストがかかる。今後は20-30年程度の時間で、市民が引っ越しや住居の建て替えを、災害危険性の低い地域でかつ人口減少で不要になるスペースで実施できる仕組みを考える必要がある。特別な支出なしで将来の被害の激減が可能になる」