2016年9月1日

インタビュー・跡見学園女子大学観光コミュニティ学部教授/元東京都板橋区防災課長 鍵屋 一氏


【「魅力増進型防災」を推進/耐震性能の表示で判断材料を提供】
 首都直下地震など巨大地震の被害規模を軽減させる上で、老朽木造住宅の耐震化や木造住宅密集市街地の解消は大きな課題だ。元東京都板橋区防災課長として行政の立場から長く防災に携わってきた鍵屋一跡見学園女子大学観光コミュニティ学部教授は、この状況を踏まえ「従来の制度に加え『魅力増進型』の対策が必要だ」と指摘する。
 住民の高齢化や、工事費などに必要な資金がネックになり、都市部の老朽住宅の耐震化や木造住宅密集市街地の解消が思うように進まない状況にある。鍵屋教授は「敷地が狭あい化したり、接道条件が悪く既存不適格住宅になっていると、ますますハードルが高くなる。こうした状況を解決する明確な解決策・支援制度を示すことができていない」と現状を説明する。
 これまでの大規模地震を踏まえて木造住宅の安全度を分析した調査報告によると、「1981年以前の旧耐震基準で建設された木造住宅は『極めて弱い』、81-2001年に建設された住宅は『弱い』、01年以降は『耐震性はある』と推定できる」という。首都直下地震や南海トラフ巨大地震のような大規模地震の発生が予測される中、「危険な木造住宅が放置されている。住宅の危険度が誰にでもわかる形で表示することを義務付けるべき」と、踏み込んだ施策を提案する。
 住宅の資産価値や賃貸料金への影響は大きいが、「他者に譲渡したり貸す建物について、耐震性という命にかかわる不利益情報を開示しないのはおかしい。情報を公開せず、大地震で建物が倒壊し、人命が損なわれれば大家さんが賠償の責任を負う可能性が高い。これは覚悟の問題。『耐震性能の公表制度』の導入を求めたい」と力を込める。
 06年に改正された耐震改修促進法は、特定建築物のうち不特定多数が利用する大規模施設や避難弱者が利用する建物で、耐震診断の義務化とその結果の公表が盛り込まれている。「これが(耐震性能公表制度への)第1歩」だったととらえる。
 鍵屋教授が住まい選びのポイントを学生400人に聞いたアンケートでは、家賃の安さが第1位で、耐震性を考えた学生はゼロだった。「多くの学生が家賃が安くて耐震性の低いアパートに住んでいる。この状況を放置してはならない。住み手が耐震性の有無を評価できる判断材料を与える必要がある」と公表制度の狙いを説明する。
 耐震化が進まない理由の1つとして高齢者の問題がある。「住み慣れた住居を離れ、建て替えや耐震改修するのは負担が大きく、意欲的になれない」ことが背景にある。とはいえ生活空間のバリアフリー化も必要だ。東京都墨田区は、バリアフリー改修する時に耐震改修を合わせて実施すれば工事費の6分の5まで助成する「耐震・バリアフリー改修促進支援制度」に取り組んでいる。耐震基準を満たさなくても、少しでも耐震性が向上する工事であれば制度を活用できる点が特徴だ。
 小規模工事でも補助金を活用できるため「いざ耐震化しようというとき、接道条件を満たせず工事できない場合があるが、この制度を使えば少しずつでも着実に耐震化を進め、地域の安全性を高めることができる。現実を見た施策だ」と評価する。同時に改修工事の需要も創出するため、「地域の工務店が区と協力して住民にPRし、制度の普及を図っている。こうした地域の安全性向上と経済活性化につながるような『魅力増進型防災』が今後の地震対策の推進力になる」と見据える。
 木造住宅密集市街地に有効な対策として「木密まるごと耐震化」を提案する。通常なら地震発生後に建設する復興住宅を事前に建設しておき、木密地域の住民に任意のタイミングで引っ越してもらうものだ。空いた住宅は取り壊し、敷地は公開空地として木密地域の災害リスクを低下させる。「敷地を定期借地権などにして、その費用で復興住宅に入れば家賃がかからない。動きたくない人は動かなくてもいいのがミソ。選択肢を広げることが大切だ」と語る。
 熊本地震の被災地を支援する中で感じたのは「内陸型の地震では、建物がしっかり耐震化されていれば、死者をなくすことができる」ということ。ひとたび巨大地震が発生すれば、行政は建物の応急危険度判定から罹災証明の発行、避難所の設営や運営、仮設住宅の用地確保と建設、復興計画策定と復興事業など膨大な作業に追われる。
 こうした状況を未然に防止するため「木造密集市街地を解消するとともに、既存不適格住宅の耐震改修を進め、すべての住宅が最低限度の耐震性を確保するべきだ。国も自治体もさらなる努力が必要」と先を見据える。